LOGIN私の思い通りになることなどない。 旧財閥である大友グループの屋敷に仕える両親を持つ古都。 いつしか自分は大友の家のために生きるしかない。そう思うようになる。 28歳になる春、突如海外から戻ってきた、御曹司大友秋久から結婚を命じられる。 両親からもこれがあなたの役割だと。 大原 古都 28歳 (言われるがままに人生を歩んできた) × 大友 秋久 32歳 大友グローバルカンパニー 代表取締役専務 役に立つことだけが使命ならば、その役割を全うします。 それなのに「古都」そんな甘い声で呼ばないで。
View More「結婚しよう?」
「古都、俺のこと好きだろ?」
小さいころからずっとそばにいるあなたは、私にとって一番遠い雲の上の人。
それなのに、どうしていきなり戻ってきてそんなことを言うの。
あなたを嫌いになりたい。
◇◇◇
「なんとおっしゃいましたか?」
「だから、結婚しようって」
ここは旧財閥である大友グループの屋敷。
そんなことを思いながらも、やはり聞き間違いではないと感じ、私は優雅に紅茶を飲むその人を改めて見た。
「誰が誰とでしょうか?」
表情を変えることなく、紅茶に視線を向けたまま告げられたその言葉に、私は大きくため息をついた。
目の前のお坊ちゃま――大友秋久は、由緒正しい家柄に生まれ、頭脳だけでなく、高い身長と見事な容姿まで持ち合わせている。
昔からプライベートも派手で、隣にはモデルや女優など、数多くの女性が付き添っていた。
「申し訳ありませんが、私たちって、結婚するような間柄でしたか?」
その言葉に唖然とし、私はただ彼を睨みつけたい衝動に駆られたが、実際にはできなかった。
私は大原古都、今年二十七歳。私の家は代々、この大友家に仕えてきた。
秋久とは違い、私は至って平凡な人間だ。肩より少し長いくせ毛の髪は、セットに時間がかかるため、いつも一つに結んでいる。
屋敷と同じ敷地に我が家があったこと、そして多忙な秋久の両親に代わり、私の母が二人と、さらに秋久の弟・正久を育てる時間も多かったため、小さいころはまるで兄弟のように過ごしてきた。
そんなことを知らずに育ったが、両親ですら秋久たちが優先で、私はいつも後回しだった。
そんなことすら疑問に思うことなく育ってきたが、成長するにつれて現実が見えてくるようになった。
そしてそのころようやく、自分と秋久とがまったく違う世界に生きていることを悟った。
父に言われるまま大学に進学し、資格を取り、父の後を継ぐべく一緒に仕事を始めてから、もう数年が過ぎた。
今日も何も変わることなく仕事をしていた。
「リサ……どうして?」俺の問いに答えたのはリサではなく、書類から視線も上げずに口を開いた山脇だった。「呼びました」「なぜ?!」今ここにリサが来る必要などないし、万が一こんなところをマスコミに撮られでもしたら、どうするつもりなのだ。「私も山脇も同じ気持ちなのよ。秋久にとって最適なことを、山脇はしたいだけでしょう?」クスっと笑うリサは、今日も完璧な服装とメイクで、慣れた手つきでサングラスを外す。「最適なことをしているつもりだ」そう返すと、リサは俺のすぐ横に腰を下ろし、わざとらしく小さくため息をこぼした。「あなたらしくないわね。今まで仕事のため、お父様を見返すためなら何だってしてきたのに」その言葉に、山脇も同意するようにゆっくりと頷く。「軽く見せて、適当にしているように見せて、周りに侮らせるやり方をしてきたのは知ってるけど……結婚までそうすることはないんじゃない?」リサはそう考えているのだろう。大企業の御曹司という立場は、嫌でも親の七光りだのコネだのと言われがちで、それならばそれでいいと割り切ってきたし、愚かな二代目と思われることさえ、相手を見極める材料にしてきた。その結果、ヨーロッパ進出を確実なものにし、相応の人脈と力も手に入れてきたが、その矢先での今回の結婚という選択だ。リサと山脇が言いたいことは、もちろん分かっている。その先は、キスをしていたことを指しているはずだ。山脇には契約だとはっきり言ってあったし、指輪だってあんなきちんとしたものを贈る理由などないと思っているはずだ。俺の心の奥を見透かしているのかもしれない。「冷静になってください。あなたはただの男とは違うんです」その丁寧な言葉遣いの中に、嫌でも自分の立場を思い知らされた気がした。「今度のパーティはあの子を連れて行ってもいい。でも、そのあとは関係は解消してもらうわ」リサは、まるでそれが決定事項だと言わんばかりにそう言った。「秋久、恋だの愛だのに振り回されるのはやめなさいよ」リサは俺の顎に触れると、今にも唇が触れそうな距離まで間を詰めてくる。「やめろ。お前と俺はそんな関係じゃないだろ? それに、愛や恋は必要ないんじゃないのか?」冷たく言うと、リサはキュッと唇を噛んだ。「愛なんかじゃないわ。欲求よ」そう言うと、リサはサングラスをかけて、扉の方へと歩き始めた。「
「どちらまで行かれますか?」 タクシーの運転手に行き先を告げながら、私はふとため息をついた。あのキスはなんだったのだろうか、なんて悩んでいた自分を呪う。もしかして、そんな期待をしてしまった自分は、どれほど愚かなんだろう。今頃、秋久はリサさんと……そこまで思ったところで、胸が締め付けられそうになる。ただの仕事、そう思ってきていたのに、秋久と過ごす時間や触れる手のぬくもりを知ってしまい、自分の中でやはり彼は特別になってしまっていたのだ。だからこんな結婚はするべきじゃなかったのに。いくら父の命令だからと言って、こんなことを……。気付くと涙が零れ落ちていて、自分の愚かさと惨めさで心がすさんでいく気がした。これからどうやって秋久と一緒にいろというのだ。仕事のためだとは理解していたが、現実を突きつけられ、私は感情がぐちゃぐちゃだ。ミラー越しに運転手と目が合い、泣いている私を心配しているような瞳とぶつかった。スマホが震える音がして、画面を確認すると秋久からのメッセージだった。「ちゃんとタクシーに乗ったか? 電車で帰ってないか?」私の行動を気にかけるその言葉に、心が少しだけ温かくなると同時に、胸が締め付けられるように苦しくなる。 これ以上優しくしないでほしい。これ以上、私を惑わせないでほしい。「……大丈夫です。無事にタクシーに乗りました」 簡潔な返事を送った後、画面を閉じる。タクシーが自宅前に着くと、私は料金を支払い、軽く礼をして車を降りた。秋久はいつ帰ってくるのだろう。リサさんと会ったことなどもちろん話せないし、私は普通に振る舞えるのだろうか。そう思いながら、私はさっとお風呂に入り、眠る準備をしてベッドにもぐりこんだ。秋久は今日、帰ってくるのだろうか。出張を除き帰ってきていたが、今はあのホテルにリサさんと一緒にいる。考えたくない想像が頭をめぐり、眠ってしまおうと思ってもなかなか眠れない。諦めてスマホを手にしたとき、メッセージが来ていたことに気づいた。今日はこのホテルに泊まる――。どうして? 今日は帰ってきてほしかった。それが素直な気持ちだった。秋久と会うと、自信満々で美しいリサさんを思い出し、私はその日、朝まで眠れなかった。このまま、秋久と結婚生活を送っていけるのだろうか――。とりあえず、パーティーに出て、秋久の仕事が終わったら、
エレベーターの扉が閉まると同時に、私は唇に触れる。あのキスはなんだったのだろう。ただの契約結婚。それなのに、どうしてこんなに心が乱れるのか分からない。秋久が近くにいると、胸がざわめく。優しくされるたびに、切なくなってしまう。それを知られるわけにはいかないのに、最近はその気持ちをうまく抑えられなくなってきている。いつのまにか一階に着いていて、開いたエレベーターのドアに気づき、私は急いでエレベーターから降り、エントランスへと差しかかった、そのときだった。前から歩いてくる人影に、ふと視線を上げる。――リサさん……!思わず足が止まりかける。雑誌で何度も見た顔。秋久の隣で、親しげに笑っていた女性。胸が、ざわりと波打つ。どうして、ここに――。そんなことを私が考えても分かるわけがない。私は知っていても、向こうは知るわけがない。視線を合わせないように、私はわずかに俯き、そのまま通り過ぎようとした。コツコツというヒールの音を立てて私の横を通り過ぎ、私は小さく息を吐いた。「ねえ?」しかし、背後から声をかけられて、心臓が跳ねる。私のことだろうか? そう思うが、見える範囲にいるのは私だけだ。ゆっくりと振り返ると、やはりリサさんは私の方を見据えていた。じっとこちらを見つめるその視線に、逃げ場がない。「あなた……古都さんよね?」まさか私の名前を知っていると思わず、驚いて目を見開いた。三メートルほど離れていた私たちだったが、リサさんはまたヒールの音を立てながら私の方へと歩いてくる。その音がだんだん大きくなる。私とは全く違う、長い手足に華やかな顔が近づいてくる。「あの、どうして私のことを?」それでもなんとかそう聞き返すと、リサさんは微笑を浮かべた。「知らないわけないでしょう? だって秋久は私のものよ?」え?私のもの……? 言われた意味が分からず、私は彼女の瞳から視線を外せなかった。コンタクトなのかは分からないが、ブルーと黒が混じったようなきれいな瞳。「今、秋久が絶対にまとめたい仕事の商談相手が、地味な家庭的な奥様をご所望なの。秋久をサポートして、ただただ秋久に尽くせる女性なら、秋久が仕事に集中できるだろうって」最後は笑みはなく、呆れたような彼女を見ながら、今の言葉を理解しようともう一度繰り返す。秋久のうまくいっていない仕事の相手が、そういう古風
そう決めたはずだった。 それなのに、バーに向かうつもりで乗り込んだエレベーターの中で、俺はまた、古都にキスをしてしまっていた。「ごめん」その言葉が、ひどく空虚に響く。 古都が泣いていることに気づいた瞬間、胸の奥がずしりと重くなり、自分がどれほど身勝手で、最低なことをしているのかを、ようやく思い知らされた気がした。そっと指先で古都の涙を拭いながら、ふと、彼女を解放してやるべきなのではないか、そんな考えが頭をよぎる。 古都を苦しめてまで手に入れなければならない仕事に、果たしてどんな意味があるのだろうか。 そこまでして守る価値のあるものなのか――自分でも、答えが出せないまま。そう思った、はずなのに。近づいてくる古都の顔が、なぜかスローモーションのように見えた。 唇が触れても、俺は目を閉じることすらできず、ただその一瞬を受け止めるしかなかった。「……なにをされてるんですか?」低く、冷たい声が背後に響いた。 はっとして扉の外へ視線を向けると、そこにはスーツをきっちり着こなし、書類の入ったタブレットを手にした裕也が立っている。「裕也……ここでなにを?」問いかけると、裕也は淡々とした表情のまま、タブレットを軽く掲げてみせた。「明日の打ち合わせ資料に、少し変更がありまして。確認していただこうと思い、こちらまで来ましたが……」俺の行動をすべて把握していることが、時にはこれほど厄介に感じられるのかと、内心で舌打ちする。 その一方で、さっきまで起きていたことをうまく理解できていなかった俺にとっては、ある意味、救いのタイミングだったのかもしれない。そう思った瞬間、古都がすっと距離を取ったのが、はっきりとわかった。「すみません、私はこれで失礼します」静かにそう告げて、古都は、まだ扉の開いていたエレベーターへと再び乗り込む。「古都、待て。帰るなら――」呼び止めようとした俺の言葉を遮るように、彼女は振り返った。俺は、大友の次期総裁になるために、父の命令に従い、ひたすら仕事だけをしてきた。 けれど、たまに日本へ戻るたび、なぜか気になって、影から様子を見ていた女の子がいる。 それが古都だった。時折目にする彼女は、窮屈な大友家という檻に閉じ込められているように見えて、俺の中には、同情にも似た感情が芽生えていたのだと思う。俺と結婚すれば、そんな古都
秋久は静かに立ち上がると、ごく自然な仕草で、まるでそれがずっと前から当たり前だったかのように、私へ手を差し出してきた。 その動作にはどこにも迷いがなく、戸惑いを覚えながらも、私はその掌を取っていた。 触れた瞬間、じんわりと伝わってくる温もりに導かれるようにして、気づけば彼の腕に自分の腕を絡めていた。店の扉をくぐると、支配人やスタッフたちが深々と頭を下げ、無言のまま見送ってくれる。 一礼を返して歩を進めると、廊下の先、エレベーターホールに差しかかったところで、ふと気配に気づいた。 外は、いつの間にか雨が降り出していたらしい。 大きなガラス越しに見える街の灯りが、雨粒に滲み、ぼんやりと
なんとかマナーも無事にこなせたかな――そう思って安堵した私は、グラスを置き、ふと窓の外に目を向けた。夜の街はキラキラと光を散らし、ガラス越しに映るビルの明かりが星のように瞬いている。こんな場所に自分が座っていることが、いまだに信じられなかった。しかも、向かいには秋久がいる。現実なのに、どこか夢の中のような感覚だった。ふと、自分の手に視線を落とす。白いクロスの上で、グラスの水滴がわずかに跳ね、そこへ別の温もりが重なった。驚いて顔を上げると、秋久の指がそっと私の手の甲をなぞり、優しく包み込むように握った。そのまま彼は私の左手を取り、薬指をキュッと摘む。「……秋久?」思わず名前を
秋久の軽薄な印象も、どこか堅苦しかった印象も、今の彼にはまったくなかった。ふたりきりのときに見せる軽口でもなく、かといってビジネスの顔でもない。ただ一人の女性を丁寧に扱う、大人の男性の所作――その自然な振る舞いに、胸が早鐘を打った。「いえ……あの、これからどこへ?」思わず尋ねると、秋久は穏やかに笑みを浮かべた。その表情が、何よりも優しい答えのように感じられた。そして、すぐに行き先が分かった。車が止まったのは、さきほどの店からほど近い、都内でも屈指のハイクラスホテル。その最上階にあるフレンチレストランの個室に案内されると、息をのむような夜景が広がっていた。磨き上げられた大きな窓
「いや、古都じゃなきゃダメなんだ」またその言葉。どうしてリサさんや他の令嬢たちではダメで、私ならいいというのだろう。地味で何も取り柄のない私だからこそ都合がいいのか、それとも別の理由があるのか――答えを知るのが怖くて、胸がざわめいた。「どうして?」気づけば、その問いが口から零れていた。私じゃなければならない理由。リサさんではダメな理由……どうしても聞かずにはいられなかった。「それは――」秋久が答えようとした瞬間、私は慌てて言葉を重ねた。「あっ、フランス語のこと?」まるで予防線を張るように、自分で逃げ道を作ってしまう。知りたいはずなのに、答えを聞くのが怖い。――何をやっているの、
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